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今でこそ、フランス・ロマン派音楽作曲家の中でも1,2を争う「巨匠」として、そして近代フランス音楽の「父」として賞賛されるカミーユ・サン=サーンスは、少年期はピアノの「神童」と称されたものの、青年期から中年期はフランス作曲家の中でも「反動的な」存在として賛否両論的な評判に晒され、熟年期以降にようやく「巨匠」として認められるようになってきたという、ある種「大器晩成型」に近い経緯を辿ってきた作曲家でした。
(ただ、彼はベートーヴェンやブラームスと違って、作曲家としての熟成に時間がかかったわけでもなく、楽想が泉のようにわき出て、思いのままに数多くの作品を書いてきた、あのモーツァルトに近いタイプの作曲家でした。つまり、周りの一般大衆の評価がついてこなかっただけで、本来の「大器晩成型」ではなかったと思います。)
そのサン=サーンスが、アンリ・カザリスの詩「死の舞踏」(上記参照)に霊感を得て、1873年(38歳)にピアノ伴奏付き歌曲として作曲したのが、歌曲「死の舞踏」でした。
彼がアンリ・カザリスの詩に触れた詳しい経緯は分かりませんが、その前に発表されていたドイツの作曲家フランツ・リスト(当時サン=サーンスの支持者であった)の大作で、同じ標題の「死の舞踏」と、中世ヨーロッパを襲ったペスト禍(ヨーロッパの人口を激減させたペストの大感染)を題材に、芸術作品として絵画や木版画として残っていた「死の舞踏(または「骸骨の踊り」)」が彼の脳裏にあったのは確かでしょう。
そして、1874年(40歳)に歌曲であった「死の舞踏」を、管弦楽用の声楽なしの交響詩として改作したのが、今回当団が演奏する交響詩「死の舞踏」です。
これは1875年の1月にフランスのオーケストラによって初演されましたが、この曲は指揮者コロンヌの意に反して演奏された曲であった上に、曲自体も、シリアスかつグロテスクな内容を滑稽に扱ったがために、当時の評判はあまり芳しくありませんでした。
以下は、ロシアの作曲家モデスト・ムソルグスキーが、その時の様子をリストの「死の舞踏」と比較して酷評したものですが(と言いつつ、当の本人も交響詩「禿山の一夜」という似た題材の曲を作っている)、当時の評判は大方彼の受けた感じと変わっていなかったと思います。
「何がサン=サーンス氏を育むのか?
彼は室内細密画に熱心に取り組む。
しかも、取るに足らないような、へぼ詩人にたきつけられた自分の着想に豊かなオーケストラの衣装をまとわせ、この取るに値しないものに『死の舞踏』という名前を与えるほどの根気強さをもって。・・・(中略)・・・しかし、どのような理由でこの人物は交響的標題音楽に飛びつくのだろうか?」
(1875年
ロシアの作曲家モデスト・ムソルグスキーがサン=サーンスの交響詩「死の舞踏」を評して)
彼もこれらの悪評を肌で感じていたのでしょうか・・・
その後の作品「動物の謝肉祭」(1886年)の中の「化石」という、「どうでもいいぐらいに忘れ去られた芸術」を皮肉で扱った小曲で、この「死の舞踏」の一部(木琴の出てくる部分)をそのまま用いています。
(まあ、「骨の当たる音」の表現としても用いているのでしょうが・・・)
<交響詩「死の舞踏」の形式>
「交響詩」というのは、ある標題を音楽で表現しているものですから、普段皆さんが耳にしてられる「ソナタ形式」「ロンド形式」など、音楽的な「形式」はあまり重視されてません。
(ただし、リストやサン=サーンスの「死の舞踏」には、有名なグレゴリオ聖歌の一つ「怒りの日(Dies
Irae)」の旋律が用いられていますので、これが唯一の「形式」的表現かもしれません。)
むしろ、重視されているのは「標題の(写実的な)音楽表現」で、サン=サーンスもアンリ・カザリスの原詩「死の舞踏」の要素であった、「ヴァイオリンで舞曲を弾く死神」と「骨を鳴らして踊る骸骨」を余すところなく「音楽」で伝えるため、当時他の誰も用いていなかった以下の二つの要素を曲の中でふんだんに取り入れています。
(ある種、これらの要素が、当時この曲を「イロモノ」扱いにしてしまった一因でもあるのですが・・・)
1.「死神のヴァイオリン」の独奏(変則調弦の独奏ヴァイオリン) 「死神のヴァイオリン」とは、最も音の高いE(ミ)線の調弦を変えているヴァイオリンで、通常、開放弦(指板を指で押さえていない状態)で「E(ミ)」の音であるべきところを、半音低い「E♭(ミ・フラット)」の音にしています。
そして、独奏ヴァイオリンの出だしで、隣のA(ラ)線の開放弦と変則調弦した「E♭」線の開放弦を同時に弾いて、「クレイジー」な不協和音(2音の重音)を出すのです。
通常の調弦でも「E♭」の音は出せるのに、わざわざ調弦を変えている理由は、ひとえに「より(死神に相応しい)クレイジーな表現を出すため」です。
開放弦の出す音は、指板を押さえて出す音に比べて、その名の通り「開放的」(悪く言うと「甲高く下品」)な響きがあり、指板を押さえるよりも、よく通る音となります。
この下品なまでに良く通る響きと、音の甲高さこそ、死神のヴァイオリンに相応しい「クレイジー」な表現にはもってこいなのです。
この曲は死神の弾くヴァイオリンの音に合わせて骸骨が踊る設定でありますので、当然踊っている間中、死神はヴァイオリンを弾いています。
と言うことで、この曲はある種「ヴァイオリン協奏曲」と言ってもいいぐらい独奏ヴァイオリンが活躍します。
曲の最後で、朝が来てやっと踊りが終わったところでも、独奏ヴァイオリンのゆっくりした旋律で出てきますが、この旋律には「あぁ〜
弾きっぱなしもしんどいで・・・」という死神(とその役を演じる独奏者)のため息が聞こえてきそうですね(笑)
さて、当団の定期演奏会で活躍する「死神」は、当然グロテスクな姿の「黒マントがよく似合う骸骨」ではなく、麗しきお姿の「黒ドレスがよく似合うこの方」です。
2.木琴による「骨の当たる」音の表現(西洋管弦楽初の木琴使用)
当時はあまり楽器として用いられることのなかった、「おもちゃ」扱いの木琴を、西洋管弦楽作品で初めて「楽器」として、重要な位置付けで用いたのがこの「死の舞踏」です。
サン=サーンスは、原詩にある「骨の当たる」音をリアルかつユーモラスに表現するために、あえてこの木琴を用いたと考えられます。
木琴の演奏するパターンは、大概が独奏ヴァイオリンが舞曲旋律を弾いた後に同じ旋律を演奏する感じになっているので、「死神の弾くヴィオロンの音に合わせて、骸骨が骨をかちゃかちゃ鳴らしながら踊る」という、まさに原詩の意味合いそのままで表現されています。
また、原詩には出ていませんが、曲の最初に12回弾かれるハープの「D(レ)」の音は、死神が登場する「魔の時刻」−夜の12時(0時)の到来を表現しています。
そして、曲の最終部で突如静かになって出てくるオーボエのソロは、「朝の到来」を告げる「雄鳥の鳴き声」です。
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