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チャイコフスキーの音楽は「演歌」である。しかも並大抵な演歌ではない、ド演歌である。あんなきれいなメロディーが演歌?と思われる方もいるかもしれないが、本来チャイコフスキーの音楽とはもっとドロドロとしていて、激しく、ロシア民族に古くから伝わる踊りのリズム、民謡が盛りだくさんに散りばめられているものである。ロシア版演歌といったところであろうか。これがヨーロッパで演奏されるとなんとも美しく、ロマンチックな音楽になってしまう。このヨーロッパ版が我々がよく耳にするチャイコフスキーの音楽なのである。
またチャイコフスキーは大変律儀な人であると言える。それもそのはずだ、かれは27歳まで法務省の役人として働いていた役人である。それが音楽に専念したいと、当時としてはエリート職である法務省を辞め、ペテルブルグ音楽院に入学、そこで徹底的に音楽の基礎を叩き込まれる。彼は音楽家としては珍しく楽器があまりできない人であったという。頭でっかちの知識だけで音楽を書くものだから、ごまかす術も知らなければ、奇想天外の展開もない。実に基本に忠実で「律儀」な曲を作っている。この律儀な曲の構成がプレーヤーにも聴衆にも安心感を与える。
そんなチャイコフスキーは数々の名曲を作っているが、その中でも今回皆様にお届けする「ヴァイオリン協奏曲」は世界3大ヴァイオリン協奏曲の一つに数えられ、あまりにも有名な一曲である。この曲はラロのスペイン交響曲(ヴァイオリン協奏曲)に触発され、ヴァイオリニストのコテックのアドバイスのもと、1878年の春、わずか一ヶ月で書き上げられた。しかしこの曲が世の日の目を見るためには時間がかかった。最初に演奏を依頼したアウアーには「演奏不可能」と断られ、作曲から3年後にブロドスキー独奏、ウィーンフィル(指揮:ハンス・リヒター)により初演がされたものの「悪臭を放つ音楽」と酷評を受ける。しかし、初演したブロドスキーはこの酷評にも負けず、各地で演奏を続け、次第に多くの人から支持されるようになる。ついには演奏不可能といって初演を断ったアウアーまでが積極的に自分のレパートリーとして取り上げるようになったのである。
この曲のソロはヴァイオリン弾き(筆者も実は某ヴァイオリン弾きであるが)にとってはいちどはひいてみたいあこがれの曲である、がしかし、ウルトラA級の難しさゆえに、筆者含めわがオーケストラのヴァイオリニストは前述のアウアーのように「演奏不可能」と演奏を断らざるを得ない。
われわれのこぶしの効いた伴奏とソリストのみずみずしい音色が気持ちよく調和し、皆様を心地よい世界にお連れできれば演奏家冥利につきると思います。
植原行洋(ヴァイオリン)
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