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流れるようなしなやかな旋律美、作曲期間の短さ、などの点において、同様に避暑地の生まれである第2交響曲との近親性を指摘されるこの曲は、2台のピアノの合奏の形で、いったん内輪の試演会にかけられたのち、名匠ハンス・リヒター指揮のウィーン・フィルによって、1883年12月2日に世界初演されました。
翌84年の1月から4月にかけては、ベルリン、ライプツィヒ、ドレスデン、ブダペストなどの各都市でも披露され、どの街も喝采をもってこれを迎えた、と伝えられています。
またこの新作に関しては、以前から作曲者に好意的な論陣を張っていた評論家ハンスリックが、「繰り返し聴くことによってより深い充足の得られる名作」、と賞讃した一方で、ブラームスを時代遅れのカタブツとして嘲笑していた作曲家ヴォルフは、「ありきたりのだらだらしたきれいごと音楽」と言い捨て一蹴した、とのことです。
残念ながら、というべきか、シュピースとブラームスの結婚はただの噂で終わりましたが、純粋に優れた音楽家同士の交際とするには数歩踏み込んだ感のある、例の素敵に曖昧な関係の方は、出会いの夏以降も続きました。
後に、このうら若き女性歌手は、壮年の巨匠から、彼の2つの歌曲集、「4つの歌・作品96」と「6つの歌・作品97」をささげられ、さらに親愛の情の証として、その手書き譜を贈られています。
<交響曲第3番の形式>
交響曲第3番の形式は、古典的な形式に基づいた4楽章編成となっております。(だから、こういう意味では「ベートーヴェンの第12交響曲」と言ってもいいかもしれませんが・・・?)
また、曲全体の勇壮なイメージ(特に終わりの楽章で、強い音の占める割合が比較的高く、緊張度の高い展開が多い)ことから、「ブラームスの英雄交響曲」(おそらく、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」と引っかけたんでしょう)とも言われておりました。
しかし、ベートーヴェンの交響曲と違って、4つの楽章が全て消え入るように弱い音で終わっていること(ベートーヴェンの場合、終わりの楽章は全て強い音で終わっている)、スケルツォ(テンポの速い3拍子)やメヌエット(ゆったりした3拍子)など舞曲の楽章を含まず(ベートーヴェンの場合、必ずメヌエットかスケルツォの楽章を含んでいた)、間奏曲的な独特の形式の楽章を置くなど、必ずしも「英雄交響曲」とは言い切れない、伝統だけではとらえきれない複雑な面もあります。
また、余談ではありますが、哀愁感に満ちたメロディの第3楽章(このページ
のBGM)は、1960年にアカデミー賞を受賞したイングリット・バーグマン主演のアメリカ映画「さよならをもう一度」の挿入曲としても知られております。
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